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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)10555号 判決 1992年7月21日

原告

高森敏夫

被告

菅原康一

ほか一名

主文

一  被告らは連帯して原告に対し、金一九五七万九五三六円及びこれに対する昭和六三年一〇月一六日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは連帯して原告に対し、金三三三七万二〇八七円及びこれに対する昭和六三年一〇月一六日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動二輪車同士が交差点で出会頭に衝突した人身事故について、一方の運転者が他方の運転者を相手方として民法七〇九条に基づく損害賠償を請求するとともに、右損害賠償債務について重畳的債務引受をした者をも相手方として、連帯支払を請求したものである。

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

昭和六三年一〇月一五日午前一時二五分ころ、大阪府寝屋川市石津元町一五の一五(国道一七〇号線)先の交差点において、原告運転の自動二輪車(以下「原告車」という。)と、信号を無視して同交差点に進入した被告菅原運転の自動二輪車(以下「被告車」という。)とが衝突した。

2  損害の填補

原告は、本件事故に関し、政府の保障事業の損害填補金として九四九万円の支払を受けるとともに、後藤佳丈、後藤義則から七〇〇万円、阪西章弘、阪西昇から三〇〇万円のそれぞれ支払を受けた(以上につき争いがない。)。

3  被告朴は、被告菅原の原告に対する本件事故に基づく損害賠償債務について重畳的債務引受をしたとしても、右債務引受は強迫による意思表示(民法九六条)であるとして、平成二年七月六日の本件口頭弁論期日で取り消す旨の意思表示をした(本件記録上明らかである。)。

二  争点

1  原告の損害(治療費、義肢代金、入院雑費、入院付添費、通院交通費等、居宅便所改修費、大学授業料、逸失利益、入通院慰謝料、原告車損害、弁護士費用)

2  被告菅原の原告に対する本件交通事故に基づく損害賠償債務について、被告朴が原告に対し、昭和六三年一一月一四日に重畳的債務引受をしたか。仮に、右重畳的債務引受をしたとして、右債務引受が強迫によるものであるとして取消(民法九六条)の対象となるか(被告らは、被告朴が原告の父親から、「名前を書いてもらわなければ帰さない。」などと脅迫されたため、やむなく署名したもので、重畳的債務引受の意思表示をしたことはなく、仮に右債務引受をしたとしても、強迫による意思表示として本訴において取消す旨主張する。)。

第三争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし二九、三二ないし四七、四八の1、2、四九ないし五二、五三の1、2、五四、六八ないし七〇、七二、七三、七五の1ないし4、七六ないし七九、検甲一ないし五、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

1  事故状況

本件事故現場は、ほぼ南北に伸びる両側六車線(南行四車線)の国道一七〇号線と、ほぼ東西に伸びる両側五車線で中央分離帯(幅約一三メートル)のある道路とが交わつた比較的規模の大きな交差点であつて、本件現場付近の制限速度は、時速五〇キロメートルである。本件事故当時、原告は、原告車の後部座席に兄を同乗させて右国道を南進し、本件交差点に差しかかつた。その際、原告は、対面信号が青であつたことから、そのまま本件交差点を直進しようとしたところ、交差道路を東進し、赤信号を無視して本件交差点を直進しようとした被告車と衝突した。本件事故当時、被告菅原は、被告車を無免許運転していたもので、同車の後部座席に二人(後藤佳丈、阪西章弘)を同乗させ、赤信号を次々に無視する暴走運転をしながら、本件交差点に差しかかり、赤信号を無視して同交差点を通過しようとして本件事故を発生させたものである。なお、被告車は、同乗者の後藤が本件事故前に盗んできたものであつた。

2  原告の受傷及び治療状況等

原告は、本件事故後、救急車で中井病院に搬送されたが、その際の原告の症状は、末梢循環不全、右大腿骨骨折(骨幹部)、右大腿骨末端部骨折、右脛骨骨折、右橈骨尺骨骨折、腹腔内出血、脾破裂があり、昏睡状態で、呼吸は浅く、脈はほとんど触れず、口唇蒼白が発現した瀕死の重傷であつた。このため、その当日、手術(開腹術、脾除去術、腸間膜損傷手術、右大腿骨観血的整復術)を行つた。その後、原告は、昭和六三年一〇月二一日に上山病院に転院し、同年一一月一四日に同病院で、右前腕骨骨折、右大腿骨骨折、右足関節脱臼骨折について手術を受け、平成元年三月二一日まで同病院に入院し、同月二二日から同年五月一六日まで通院(実日数三日)し、その後も、平成二年三月六日から同月二二日まで入院して治療を受けた。また、外傷性頸部頭部症候群等の症状で、平成元年六月一五日に辻外科病院に通院し、さらに、腰部捻挫、頸部捻挫、右下腿骨骨折(外科後療)で畠山施術所に同年六月一四日から同年七月六日まで通院(実日数一〇日)した。原告の右各傷害については、平成二年四月七日に症状固定したが、右足関節痛が持続し、走ることや正座ができず、長時間歩くと右大腿部の痛みがあり、跛行が出るほか、右前腕に可動域制限があり、ねじると強い痛みを感じる。右各症状は、今後も強固に持続する可能性が強い。また、原告の全身の創部に明瞭な手術痕が認められる。さらに、原告は、本件事故の際、原告車の車体で自己の陰部付近を打つたことから、尿道が細くなり、急性腎盂炎を起こして、平成元年六月二七日、同年七月二三日、同月二四日に松本病院に入院し、また、同じ病名で同年六月二七日から同年七月九日まで大場内科病院に入院して治療を受け、さらに、尿道狭窄、尿路結石で大阪市立北市民病院に同年七月六日から同月二四日まで通院(実日数四日)し、同日から同年九月九日まで入院して、内尿道切開術を受けた。その後も、原告は、左腎結石のため、大阪逓信病院に平成二年八月二八日から同年一一月九日まで通院(実日数三日)し、その間の同年一〇月二二日から同月二七日まで同病院に入院して、体外衝撃波結石破砕術を受けた。原告の右排尿障害は、今後も再発する可能性が高く、定期的な尿道拡張術を要する。

二  被告菅原の責任

前記争いのない事実及び前記一1の認定事実によれば、被告菅原は、本件事故につき原告に対して、民法七〇九条に基づく損害賠償義務があるというべきである。

三  原告の損害

1  治療費 一五六万三七九五円(請求同額)

前記一2の認定事実によれば、原告の本件事故による治療費としては、以下の(一)ないしを合計した一五六万三七九五円が相当である。

(一) 中井病院 三六万一九一〇円

(二) 上山病院 三三万四三六〇円

(三) 辻外科病院 三万九〇六〇円

(四) 大場内科病院 八万八五四〇円

(五) 松本病院 一万九一四〇円

(六) 大阪市立北市民病院 四四万一一八〇円

(七) 畠山施術所 一一万七五〇〇円

(八) 大阪逓信病院 一二万七一四〇円

(九) 薬局薬代等 三万四九六五円

原告が本件事故によつて起きることができず、寝たままであつたため、湿疹ができ、便所にも行けなかつたことから、支出を余儀なくされた薬代、おしめ代である(甲六二の1ないし20、原告本人)。

2  義肢代金 八万七三〇〇円(請求同額)

原告の骨折部位を固定するためのギブス、固定具として、合計八万七三〇〇円を要した(甲五五、五六、原告本人)。

3  入院雑費 三一万七〇〇円(請求三一万七二〇〇円)

前記一2の認定事実によれば、原告は、本件事故により、二三九日間にわたつて入院治療を要したことが認められ、その間の入院雑費としては、三一万七〇〇円(一日当たり一三〇〇円の二三九日分)が相当である。

4  入院付添費 七一万一〇〇〇円(請求八四万六九五五円)

原告の前記入院期間のうち、昭和六三年一〇月一五日から平成元年三月二一日まで(一五八日間)の間、付添を要し、その間、原告の母親が付添看護をしたことが認められる(甲三八、原告本人)。そうすると、入院付添費としては、七一万一〇〇〇円(一日当たり四五〇〇円の一五八日分)が相当である。なお、原告は、家政婦付添費を請求するが、右付添費を要することを認めるに足りる証拠はないから、右請求部分は理由がない。

5  交通費 一一万七五四四円(請求二八万五八一〇円)

原告の両親が入院中の原告の付添看護のためタクシーを利用する必要性を認めるに足りる証拠はないから、右交通費としては、JR定期代金全額(合計四万五四三〇円)(甲六一の43、44)に、タクシー代(合計二四万三八〇円)(甲六一の1ないし42、45、46)の三割(七万二一一四円)を合計した一一万七五四四円が本件事故と相当因果関係のある交通費とみるべきである。

6  居宅便所改修費 四九万七〇〇〇円(請求同額)

前記一2の認定事実によれば、原告宅の便所を和式から洋式に改造する必要性があつたと解され、右改造費用として四九万七〇〇〇円を要したことが認められる(甲六三、原告本人)ので、右改造費用を本件事故と相当因果関係のある損害と解すべきである。

7  大学授業料 九六万七〇〇〇円(請求同額)

原告は、本件事故当時、大阪工業大学に在籍し、本件事故のため、平成元年中、同大学に通学できず、留年したものの、同年分の学費等として、合計九六万七〇〇〇円を支払うことを余儀なくされた(甲六四、六五、原告本人)から、右支払を本件事故と相当因果関係のある損害と解すべきである。

8  逸失利益 二九四八万五一九七円(請求三三八三万二三七二円)

原告(昭和四五年二月二五日生)には、前記一2で認定した排尿障害に基づく症状を除く各症状が、今後も強固に持続する可能性が強いうえ、排尿障害についても、今後再発する可能性が高く、定期的な尿道拡張術を要すると解されることからすると、原告は、排尿障害に基づく症状以外の各症状に関する症状固定日である平成二年四月七日(二〇歳)から就労可能年数六七歳までの四七年間(新ホフマン係数二三・八三二二)にわたつて、五〇パーセントの労働能力を喪失したと解するのが相当である。そして、前記二7で判示したところを併せ考慮すれば、原告は、右症状固定日当時、年間二四七万四四〇〇円(昭和六一年賃金センサス男子旧大・新大卒二〇歳から二四歳)の収入を得る高度の蓋然性があつたと解すべきであるから、原告の後遺障害による逸失利益としては、二九四八万五一九七円(円未満切り捨て)となる。

9  入通院慰謝料 三〇〇万円(請求一〇〇〇万円)

前記一で認定した本件事故の態様、原告の受傷内容、程度、治療経過、その他一切の事情を考慮すれば、入通院慰謝料としては、三〇〇万円が相当である。

10  物損 五五万円(請求六一万七七〇〇円)

原告は、原告車を昭和六三年九月二四日に六一万七七〇〇円で販売店から購入したもので、本件事故による破損箇所を修理するとすれば、修理費として六三万円程度が必要である。このため、原告車は、廃車された(甲六六の1、2、七一、原告本人)。

右に認定した原告車の購入から本件事故までの期間を考慮すると、本件事故当時、原告車は、五五万円を下らない価値を有していたものと解され、修理費が右価値を上回つていることから、原告の受けた車両損害としては、五五万円が相当である。

11  弁護士費用 一七八万円(請求三〇〇万円)

原告の請求額、前記認容額、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用としては、一七八万円が相当である。

四  被告朴の重畳的債務引受について

前記一1(事故状況)の認定事実及び証拠(甲三〇、後藤義則、阪西昇各本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

被告菅原は、被告朴と菅原妃佐子との間に生まれ、右両名に育てられたが、被告朴が日本国籍を有していないため、戸籍上、父母は婚姻届をしておらず、被告菅原の戸籍上の親は、菅原妃佐子だけである。本件事故からしばらく後、本件事故の際に被告車に乗車して暴走行為をしていた被告菅原、後藤佳丈、阪西章弘の三名の親が原告の家族から、原告の父母宅へ来るよう呼び出しを受けた。そこで、昭和六三年一一月一四日の昼ころ、被告朴、後藤佳丈の父親である後藤義則、阪西章弘の父親である阪西昇の三名が公衆浴場業を営む原告の父母宅へ行き、同所の脱衣場で一時間程度の間、話し合つた。その話し合いの席には、原告側は、原告の父母、祖父母がおり、原告の母親が主に話しをし、他の原告側の者は余り話さず聞いていた。そして、被告朴ら三名の父親は、自分らの子供が本件事故により原告に迷惑をかけたので、いずれも親として原告に被害弁償をしなければならないと考えていた。しかし、右三名の父親は、いずれも経済的に余裕がなかつたことから、少額ずつの分割払いをする旨返答したが、原告側はこれを納得せず、これに業を煮やした原告の母親が右三名の父親に対し、一億円あるいは五〇〇〇万円を支払うよう要求し、やくざを知つているなどと話したこともあつた。ところで、右話し合いの前に、原告側は、本件事故に関する損害賠償につき右三名の父親が親権者、父親としての立場から一切の責任を負担することを確約することを内容とする、念書と題する書面を予め作成して用意していた。そして、右話し合いの席上、原告の母親が右三名の父親に対し、右念書に署名するよう要求した。これに対して、右三名は、当初いずれも署名することを渋つていたが、結局いずれも、右念書に各人の住所氏名を書き、その各名下に指印した。このように、右三名が右念書に署名することを渋つていたことから、原告の母親が右三名に対し、署名をしなければ帰さない、と言つたこともあつた。右念書は二通作成され、そのうちの一通は原告側が保管し、他の一通は被告朴が右三名を代表して持ち帰つた。その後、原告は、被告車に乗車していた三名と、その各父親を相手方として損害賠償を請求する本件訴訟を提起した。そして、後藤父子との間では、右両名が原告に対し連帯して五〇〇〇万円の支払義務があることを認め、このうち七〇〇万円を支払えば残額を免除する旨の、阪西父子との間では、右両名が原告に対し連帯して四三〇〇万円の支払義務があることを認め、このうち三〇〇万円を支払えば残額を免除する旨の裁判上の和解がそれぞれ成立し、いずれも右各和解金が支払われた。

右認定事実によれば、右念書には、具体的な損害賠償額が記載されていないものの、その内容は、本件事故で受傷した原告と原告の兄に対し、右三名の父親が損害賠償について一切の責任を負担するというものであり、右三名の父親は、右念書に署名する以前から、いずれも親としての立場上、原告に何らかの支払をしなければならないと考えていたのであるから、被告朴は、右署名をすることによつて、自分の子供である被告菅原の原告に対する損害賠償債務について重畳的債務引受をする意思表示をしたと解するのが相当である。

さらに、右認定事実によれば、右三名の父親は、いずれも親としての立場上、原告に何らかの支払をしなければならないと考えていたものの、その支払金額、条件について原告側と合意に達せず、右念書に署名することを渋つたことから、業を煮やした原告の母親が、右三名の父親に「やくざ」あるいは「署名をしなければ帰さない」などの言葉を発したものであるが、その発言内容自体は余り具体的かつ執拗なものであつたとは解されないうえ、原告の母親としては、被告車の一方的過失により自分の息子である原告が瀕死の重傷を負わされたことから、右話し合いの席上、被告朴らに対してある程度厳しい態度を取つたとしてもやむを得ない面があつたといわなければならず、さらに、右に認定した話し合いが行われた時間帯とこれに要した時間、右話し合いの行われた場所のほか、右話し合いの席上、原告側で主に話しをしたのは、原告の母親一人であつて、他の原告側の同席者が右三名の父親を集団的に威圧するような雰囲気にはなかつたこと、その後に提起された本件訴訟において、被告両名を除くその他の父子と原告との間で和解が成立し、それぞれ和解金が支払われていることも併せ考慮すると、被告朴の本件における重畳的債務引受が民法九六条にいう強迫による意思表示に該当するとは解されない。

そうすると、重畳的債務引受の意思表示をしたことがなく、仮に右意思表示をしたとしても民法九六条の強迫による意思表示であるとの被告朴の主張は理由がない。

五  以上によれば、原告の被告らに対する請求は、三九〇六万九五三六円(前記三の合計額)から前記争いのない損害の填補額一九四九万円を控除した残額一九五七万九五三六円とこれに対する本件交通事故発生の翌日である昭和六三年一〇月一六日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 安原清蔵)

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